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apo (id:MANGAMEGAMONDO) が妄想を吐き出していきます。

グァテマラ日記(08)

スペイン語は6つある人称ごとに動詞が変化する。その不規則変化を勉強中。「それじゃconocer。わかる?」「それ、わかる。ルイス・ミゲルが“キミのすべてが知りたい〜♪”ってワタシに教える」「そうよ〜。じゃあね、次はhuir」「それ、知らない」「そんなことないわ〜。もちろん、知ってるわよ。apoはお巡りさんに追いかけられたら、何をする?」「escapar(脱出する)」「ちがうわ〜。それは捕まっちゃったあとで、でしょ? huirするのは、今、追っかけられてるときよ。わかった?」「わかった」「じゃあ、huirを使って何か言ってみて?」「ネズミがネコからhuirする」「そのとおりよ〜」「シルビアはアブナイ男からhuirする」「いいわよ〜、もう一つ!」「apoはルイス・ミゲルからhuirしない。まちがいなく。むしろ、うぇるかむ。アスタ・ラ・ビスタ・ベイベイ」。「これらは、あといくつある?」「さぁ〜、どうかしら〜? 知らないほうがい〜かも〜」「なんだとう」「大丈夫よ〜。カンタンだから。じゃ、次は……」こうして、直接話法現在形不規則変化動詞(presente indicativo [verubo irregular])のグループ10まで来た。

シルビアは正しい。知らないことは無意味じゃないし、知らないほうが幸せなこともある。なかでも、いちばんツライのは、知らなければよかった、と思うことだ。たとえ意味があったとしても。

タブーなしの神サン・シモン

今日の課外授業*1は、ラディーノ(2/3の注1を参照)の神様サン・シモンのコフラディアで有名なスニル(Zunil)へ。

サン・シモン(San Simon)、あるいはマシモン(Maximon)は、英語のSt.に当たるSan(聖)がついているけどキリスト教の聖人ではないし、ましてマヤの神殿に祭られる神でもない。煙草(それもいちばん安いパジャッソPayaso)と酒(それもアル中御用達のスピリッツ、ケツァルテカQuetzalteca)が好物で、ウエスタンハットをかぶり、現代風の服を着ている。だいたいシャーマン(サセルドーテ・マヤ)がセレモニア(儀式)、あるいはブルヘリーア(呪い)を行うときお願いする相手だ。サン・シモンがいつ誕生したかはさだかでない。けれど、それについて引率のマルヴィン先生がおもしろい話をしてくれた。スペインによる征服後、中米では4グループの人種が生まれた。1つはもともとの先住民であるインディヘナ、そして2つめが征服者であるスペイン人。この2つのグループはそれぞれマヤ、キリスト教という固有の神と信仰を持っている。ところが混血であるラディーノと新大陸で生まれた白人、この2グループは神を持たない。神がいないから、心の拠り所がない。そのため悪事に走る。ラディーノという言葉の語源は、泥棒を意味するラドロンladronともいわれるのはそのためだ、と。そんなラディーノを守護する存在として、善行にも悪事にも通じたサン・シモンは生まれた。だから煙草を吸い、強い酒をあおる。どちらかといえば、神や聖人より親近感があり「大きな兄弟」という存在だ。教会にも神殿にも祭られないため、サン・シモンを奉じる村では1年ごとに村民が持ち回りでサン・シモンを自分の家の敷地に迎えてお世話をする。サン・シモンのいる村、といってもその場所がガイドブックには載っていないのは、秘密というわけでなく留まる場所がないから*2。持ち回りだからといって、決して(グァテマラにしては)質素なわけじゃない。ロウソクや飲み物、煙草まで売る売店があるし、祭壇に花は絶えない。コフラディアに入るには拝観料がいるし、写真を撮るなら撮影代も必要だ。

ここで、失敗した。apoはロウソクを買っていてつい先生の大切な注意を聞き逃したのだ。ロウソクを買うとき、apoのカメラを観た売店係が「写真、撮る?」と聞いてきたので、正直に「ハイ」と答えたら、「では10ケツァール」というので払う。みんなはすでに、コフラディアに入っている。中にはサン・シモンの取り巻きの村の男たちが3人。その一人に「煙草をあげていい?」と許可をもらって、火をつけた煙草とロウソクを立てて、写真を撮り始めると男の顔が突然変わり「一体、何枚撮るんだっ!!」と怒鳴りだした。「お金なら払いましたよ」「いくら払った?1枚10ケツァールだぞっ!!」。ええっ、聞いてないよう。そんなやりとりにマルヴィンが横で笑ってる。おめー教師だろーが! コフラディアから帰る道々、マルヴィンがさらに大爆笑しながら言うのだ。「apoはちゃんと聞いてなかったね」「???」「だから言ったでしょ『払った』って言いなさいって」「そんなあ」「みんな入館料も払ってないよ」「じゃあ、あの写真撮ってた男の子たちは!?」「『払った』って言えばいいんだよ」……。

「神が神なら、取り巻きも取り巻きだ」と、心の中で悪態を吐きつつ、ボラれて落ち込んでいるapoをマルヴィンは見放したてくれたりはしない。「あ〜あ、ボラれちゃったね〜」と手厚く追い打ちをかけてくれる。「アタクシ、グァテマラ人みたいにウソ吐きじゃないもんっ!!」とブリブリしても「やーいやーい!いくら払ったんだー!」と攻撃は容赦ない。オマエは子どもかっ。「そう、子どもの心は大切だよ、apo」。実にハードな授業である。

カモの連鎖

そんな課外授業から帰ると、マードレがニコニコして待っていた。「準備、できてるわよ」。中庭を見ると、トタンの板の上に、香木とロウソクで作られた小山があり、ロウソクの間にはところどころコパルが置かれている。急ごしらえで作られた祭壇にマヤの聖なる存在が並べられている。「これはアヒッス・デル・ムンド、こっちはマリア・テクン。真ん中のがウィッツィ・ツィルでそれを囲んでいるのが、マリア・プリンシシータ、その外側がドエニ・デ・ドロ。この三つは姉妹よ」などと説明してくれるが、どの存在がどんな神なのかはあいまいだが(たぶん聞いても理解できなかったと思う)、確実な存在が二つ。一つはサン・シモンの写真。そして、亡くなったマードレのご主人の写真だ。そして日が傾くのをトラド(ビール)で待つ。

マヤ文明 聖なる時間の書―現代マヤ・シャーマンとの対話夕闇の中、灯り用のキャンドルに火を灯したマードレの後ろにしつらえた小さな椅子をうながされる。マードレの横には砂糖やハーブ、チョコレート、コパル、聖水が置かれている。そして小山に盛られたキャンドルの中心に火が点けられ、マードレの儀式が始まった。グァテマラに来る前に読んだ実松克義氏の『マヤ文明 聖なる時間の書―現代マヤ・シャーマンとの対話』に出てくるような呪文で、1時間半くらい祈ってもらう。たぶん、ウソではない。ちゃんとしたものだ。空の心、大地の心にコンタクトしていた。マードレの力がどれくらいのものなのかは知らない。けれど、60歳のマードレは、足がだんだん弱ってきて、数年前、とうとう医者に見放されてしまう。そんなときこの儀式をしてもらい、健康を取り戻したのだという。

予定時間はオーバーしていたらしい。ヴィクトリアと妹が交代で「夕食ができているから」と催促に来る。邪魔だな、とは思ったが、呪文の中で自分の名を呼ばれ、何度も火をまたぎ、聖水をかけられ、さらに祈られる、のくり返しでそんな思いは長く心に滞在しない。終わったときは、体に何か背負い込んだように感じた。でも体は熱く、足がふわふわっとするのだ。マードレにお礼を言っていると、ヴィクトリアにせき立てられるように早く早くと食卓へうながされる。「ちょっと待ってカメラを置いてくるから」と言っているのに、ヴィクトリアは「apo、apo」と執拗に呼び止めるのだ。「なんなんだよ? 邪魔ばっかして」と若干いぶかしく思う。このカンジをちょっと一人で反芻したいのに。

ともかく部屋に戻って、落ち着いて、それから下へ降りていこうとすると、今日はマードレがなぜか2階の窓のカーテンを閉めに来た。マードレはセレモニアで健康を取り戻したとはいえ杖をついているマードレは、普段狭くて急な階段を上がってきたりしない。

「本当にありがとうございます、何とお礼を……」言う必要はなかった。75ケツァール。それが報酬だそうだ。「私はほんとうに一生懸命祈ったのよ」。その言葉はウソではないだろう。たしかに「グァテマラはこんなにまだ貧しいけれど、中国の日本で、apoがよい仕事に恵まれ、愛に溢れますように」と祈ってくれた。だが、75ケツァールだったのか。一気にくたびれた。「今、お金がないから、あとでもいい?」泣きそうになりながら尋ねると「そんなに急がないから、大丈夫よ」と彼女はご機嫌だ。今、理解も対処もできるほど脳が回転していないapoには、時間が必要だった。

それでも、くたびれながら、ビールを飲み、夕食を食べると、さらに驚くことが待っていた。儀式によって心の距離が縮まったらしいapoに、マードレは「ちょっとこれを見て欲しいのだけど」とそれを出してきた。

それは、藁半紙に刷られた“冥界銀行 BANK OF HELL”の10000ドル札だった*3。「これはいくら?」と聞かれた。かつて世話をした中国人が、ウィピルからスカートから民族衣装一式と宿泊代だといって、この10000ドル札で支払ったそうだ。その代金はいくらだったか問うと、8000ケツァールだという。それもないだろうが、騙されたことだけは確かだ。第一、中国人と言っているけど、台湾人かシンガポール人か、あるいは日本人かもしれない。英語も、そして当然だが漢字もわからない。聞く人がいない。紙幣に用いられる紙の質もわからない。だから、数字だけで騙されてしまう。情報格差が、この人たちをますます嘘つきにする。

同情はするけれど、そうやすやすとカモにされるわけにはゆかぬ。スニルのにこやかな煙草を吸うサン・シモン、儀式の前の2本のトラド、本格的な祈り、そのあとにまつわりついてくる家族、そして冥界銀行10000ドル券で体がものすごく重い。とりあえず、できることは部屋に逃げ帰るだけだった。そして、授業の復習と宿題。体は疲れていたけど、眠気は来なくてよかった。

ベッドに潜り込んで、交渉のしかたを考えながら眠りに就く。

*1:学校によってはボランティア活動に力を入れているところもある。そうでなくても、希望を言えばたいていの活動に条件さえあえば参加できる。1日しかなくてもチコ・メンデス基金の植林とか。

*2:けれど、心配することもない。たいてい村の人に聞けば教えてくれる。その前に、観光客を目にするやいなや小遣い稼ぎの子どもに取り巻かれるだろう。また、村のサン・シモンとは別に、サセルドーテ・マヤたちは自宅に儀式を行う祭壇をを作り、サン・シモンを祭っている。

*3:デザインは違うけど、これに似たものをapoは台湾と香港で見たことがある。おそらく道教の寺などで使われる金紙(お供えのお金)の一種だと思う。