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apo (id:MANGAMEGAMONDO) が妄想を吐き出していきます。

本日をもってサウジアラビアに赴任することとなりました

と、メールが来た。するなよ、今、と心底思う。

っと言っても、宮仕えのリスクを背負っても、コイツはこの商売やりたいって意欲をもってこの会社に入った。どこにトバされても“死して屍拾う者無し”が掟だってことも知ってる。コイツが殺されたとしたら、誰が同情するだろう。同情はするだろうけど、誰がココまで騒ぐだろう。apoは騒ぐだろうか? いや、騒がないな、たぶん。だから今、メールで騒いでおいた。「何があってもガンバるな。ヤバいと思ったらすぐ逃げろ!」って。

そもそも“がんばる”なんて、絶対に間違ってる。ガンバル前に楽しめよ、と思う。それを言うと、良識派の方が「ふざけてる」と怒るんだけど、apoはバーカじゃねーの、と思う。そもそも、プランにムリがあるから、がんばらなくちゃいけない状況*1になるんであって、そんなもの計画の不備、あるいは立案者の無能でしかない。まちがっても美徳ではない。ホントに楽しい、心底面白いと思ったときの人間の集中力はスゴイよ。「できる、できない」なんてツマンナイ心配しないもの。もう、アドレナリンなんかジャブジャブ出ちゃってさ、口を聞くのもご飯を食べるのも寝るのも、もったいない、って思うくらい。

そういうことをコイツがやってること、そしてコイツは最悪の状況からでも抜けだしてこられるだけのスキルがあるプロであること*2、その二つへのリスペクトは、何が何でも忘れちゃならないことなのだ。だから、コイツがどんなことになって、apoがひどく嘆き悲しんでも、だけど、騒いだりしたらいけないのだ。そういうことをすれば、コイツが自分で自分の道を選んだことへのリスペクトが失われてしまう。リスペクトのない、個と個のつき合いなんて、考えられない。

他方、もうこの問題にはふれないでおこう、と思ったのだけど、邦人人質はどうか? ホントにイラクへ行って活動できるスキルはあったのか? 実に疑問だ。

ちょうど解放になる前日、またまた親切な方々からメールが来た。「今週の週刊新潮が、ひどい中傷をしているから抗議しましょう」という内容だった。ちょうど客先へ仕事に行ったので、待ち時間にどんなにすごい内容かと思ってペラペラ読んでみた。

フツーじゃん。特別、悪意を持って書かれたとも思えない。強いていうなら“知人談”とか“関係者談”が多い伝聞かもしれないけど。大げさなタイトルが付いている高遠さんにいたっては、内容ったら、自著で書かれた経験(10代でマリファナ中毒だったなど)をなぞっているにすぎない。これが中傷と言えるのだろうか? まあ、いい。百歩譲って中傷だとしたら、松本サリン事件のときマスコミが総がかりで犯人に仕立て上げたK氏の記事は1万倍ひどかった。そのとき、誰か騒いだだろうか? 今、このメールを回している人は同じようにK氏をかばっただろうか? さらに、マスコミに踊らされて国民全体がK氏を疑ったことを覚えているだろうか?

もしも覚えているのなら、マスコミはそういうものだと、いや、マスコミだけじゃない、この社会、この国は、出る杭は叩くという本能を持っていることを、なぜ認識しないのか。イタリアあたりじゃ「泣かぬ赤ん坊はミルクがもらえぬ」とか「泣かぬ歯車は油をさしてもらえない」とか言うらしい。でも、この社会、この国は違う。わたしたちの住む社会はもっとサディスティックで排他的だ。それは社会が悪いんじゃない、社会を構成しているのは、わたしたち一人一人なのだから。立場が逆のときは、あなたが、わたしがバッシングするほうにも、されるほうにもなる、K氏もマスコミも“他人事”ではない。そんなことを、なぜ、こんなにもすぐに、わたしたちは忘れてしまうのだろう? 

理想の追及? であるのなら、なぜ、彼らをもっとリスペクトしない? 彼らの恥をさらさせて、助けてくれと訴えるそのデリカシーのなさが悲しくなる。

いや、違うね。前、フリーの話を書いたとき、ちょこっとふれたけれど、フリーランスはあくまでも自己申告だ。あなたもわたしも今日、フリージャーナリストとしてイラクへ行ける。行くだけならば。けれど、本当にイラクへ行って取材できるスキルがあるか?ないか? それは話が別だ。彼に本当にそのスキルがあったのか、新潮の記事以前に疑わしい。さらに18歳の少年*3に、あえてイラク劣化ウラン弾の取材をするスキルがあったのか。残念ながら、この二人が「イラクへ行ったワケ」は“今が旬だから”以外に見当たらない

その二人よりも、スキルも動機も強いと思われる高遠さんですら、無謀なチャレンジャーとしか思えない。誰かを助けたいならいちばんやってはいけないことは、“自分の身を危険にさらすこと”だ。またまたそこで“自分の身を危険にさらしてまで”とか言えば、美談フリーク的にはポイント高いかもしれないが、実務的には“自分の身すら危険にさらすような人に人助けができるはずがない”と考えるのがフツーだ。同様に、幸せじゃない人にほかの誰かを幸せにできるハズがない。幸せにしてるつもりで、自分が幸せにしてもらっているだけだ。安全なところからなら何でも言えるよね、とか言う文化人もいるけど、何が危険かすらわからない人に、誰のどんな安全を考えられるというのか。誰のどんな危機を伝えられるというのか。

apoの知人でもNGOで人道援助にかかわっている人はいる。自慢じゃないがapoは小心者だが、彼らは細心者だ。何があっても200%OKなスキル、コネ、その他もろもろで武装していく。そうじゃなければ、自分を動かさない。もちろん、他人はもっと動かせない。

今日(現地15日)、アメリカ国務省は、民間人にはサウジアラビアへの渡航自粛、すでに滞在している駐在員の家族などにはサウジからの退去勧告を出した。理由は、テロの危険だ。アメリカの片棒を担いでいる日本人だって危険は免れないだろう。

もし、コイツにスキルがなければ、apoは殴り合ってでも止めたと思う。誰か、この3人(現在は+2人)を止めたのか? それとも、正確にジャッジする友人に恵まれなかったのか。ことに札幌で一躍スタァになった今井氏の周辺は、そういう意味で悪意に満ちていたとしか思えない。

*1:さらに凶悪だと思うのは「がんばれ」って他人に言うのは、他人に負担を強いるときサインだし

*2:それはapoだけでなく、会社も認めてる。認めてるからサウジ赴任になったのだから

*3:18歳の少年にムリ、というワケではない。なぜ戦争状態のイラクなのか、ということだ。劣化ウランの被害を知りたいのなら、コソボ侵攻中と湾岸戦争中に被爆した人がイギリス・アメリカに大勢いる。さらに、国内では広島新聞には絵本が何冊もできるようなネタがある。http://www.geocities.co.jp/Hollywood/1123/annex/du.html