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apo (id:MANGAMEGAMONDO) が妄想を吐き出していきます。

葬式不要、戒名不要

11日の夜中、気の置けないマダームたちとともにおいしいワインとトークを楽しんだ後、酔い覚ましと腹ごなしに明治通りをぷらぷら歩いていたら、ケータイが鳴った。あら、マダームのお宅に忘れ物でもしたかしら?と、電話に出ると「こんな時間にごめんね。実は、○○ちゃんのお父さまが亡くなって、これから行くとこなんだ」と声の主。家で歯磨きだけして、文字どおり、取るものも取り敢えず、声の主の車で○○ちゃんの家へ向かう。

死者が逝くとき、そのラストスパートのスピードは劇的だ。ほとんど何の予告もせずに背中すら見えなくなってしまう。それでも邦楽のお師匠さんだった粋人のお父さまは、自らの死に際しての希望をしたためられていた。

「葬式不要、戒名不要、墓不要、空涙不要。死に顔は何人にも見せるべからず。自然葬にでもしてくれればいい」

家で亡くなっても一度、病院に搬送された故人は、自家用車では運べない。だから病院に詰めている葬儀社の車で自宅へ戻る。死亡診断書をもらい、役所へ死亡届を出し、埋葬許可書をもらうのも葬儀社だ。もちろん家人がやってもいいが、死者を家へ迎える準備だとか、親類縁者への連絡だとかで、ほとんどの場合、その余裕はない。その中でいちばんたいへんなのが、葬儀の段取りと手配だ。密葬といっても、何人集まるかわからない人の数を読み、その接待を段取りする。斎場をどこにするか、告別式のあとの精進落とし(膳)、通夜の軽食、香典の返礼品、火葬場でのお茶とお茶菓子、お経はあげるのか、それなら宗派はどこか、献花か焼香か、祭壇の大きさと供物は、祭壇にあげるお花は、その名前と並び順は、などなどなどなど……。それが埋葬する墓の有無、檀家になっている寺の宗派とかでまた変わってくる。

たとえ自然葬でも、焼いた遺骨をどこでも好きに散骨できるわけではない。海なら船をチャーターして散骨クルーズへ、山なら認められた私有地へ。散骨できる私有地を持たない場合、“自然葬ビジネス”に頼らざるを得ない。

都内での葬儀の相場は、会葬者50〜100人規模で200万円と言われている。お金もかかるが、それ以上に体力と気力が必要になる。ふだんの静けさとは打って変わり、葬儀の前から縁者が死に水を取りに、あるいは焼香にかけつける。気の休まる暇はない。だから、そんな世話になりたくない、と思う故人の気持ちはわかる。実際、わたしだってそんなふうにイジり回されたくはないし、そんなお金を残すくらいなら、生前、別のことに使ってしまいたいと切に思う。

エゴイスティックな物言いかもしれないけれど、葬式は死者ではなく、生者のためのものだと思う。そのこまごまとした段取りの一つ一つを通して、死者が死者であることを確認する。もう決して、目覚めて語ることも物を食むこともない、という衝撃の事実を生者は受け入れなければならない。それもできるだけ早く。生者は、そのあとも生きなければならないのだから。そして生者は、死者が生まれたとたん、生きる記憶のゆりかごになる。

死出の旅路に何を持たせるかで、お父さまが最後まで考えていた三味線の、練習用のバチが木製だからと選んだお母さまに、「これだけはイヤ」と○○ちゃんが抗議する。「三味線は今生のものにすればいい、それを燃やしてしまうなんて」。わたしは、お母さまに賛成した。「もし私がイスラム教徒でも、同じことを言う? 土に返すのでなく、燃やすことが禁じられた精神論を持っていても、そう言う? これだけはイヤなの、これだけは!」。涙を流して訴える、その気持ちは痛いほどわかる。幼いころからの、父との思い出がつまったその貴重さも、わかる。

けれど○○ちゃんが拒絶しているのは、“これだけ”なんかではない。“父の死”そのものなのだ。お父さまはまるで眠っているようだ。ときおり窓から入る風の音が鼾に聞こえるくらいに。「○○ちゃんがそれに執着している限り、お父さんとのお別れはできないよ」と声をかけた。でも自分の発した言葉の暴力性もわかっていた。それに耐えきれず、煙草を吸いに外に出る。

戻ると、○○ちゃんは「三味線も入れることにする。練習用のをね。バチだけでは、仕方がないから」。それから三人でその準備を始めた。

こうして準備が整い、斎場へお父さまをお見送りした。ちなみに葬儀は、俗名のままで執り行われる。お父さまの100%ご希望ではないけれど、祭壇ナシ、大きな花輪ナシで、親族と希望者からの花かごで棺の周りが埋められた。会葬者との最後のお別れでは、生前の演奏テープが流される。

カッコイイ方ほど、「オレに構うな」とおっしゃる。でも、そんなあなただから、メロメロになって近づく人が増えてしまうのです。最後くらいは、せめて思う存分かまわせてくださいな。上から見て「ああ、やってるな」と笑ってくださいな。