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apo (id:MANGAMEGAMONDO) が妄想を吐き出していきます。

グァテマラ日記(14)

「ノー」と言うのは簡単なことだ。しかも、誰もそれも気に留めたりしちゃいない。

「昨日、apoのファミリアに会ったわ、ヴィクトリアとね。ラミレス家のこと? もちろん知ってたわよ!」。以前「どこのファミリアのところにいるの?」と聞かれて「ラミレス家」と答えたら「知らないわ〜」とシルビアは言ってた。「シルビア、会うの?」「違うわ〜、『会った』よ〜。ハイ、もう一回」「むむむ、シルビアがヴィクトリアと会った」「そうよ〜! じゃあ、apoはお昼ご飯を済ませましたか?」「イイエ。私はお腹が空きました」「そうよ〜! でね、ヴィクトリアのことだけど、彼女の旦那さんには大きな息子が2人いるの」「えっ『いた』の?」「違うわ〜『いる』のよ。うーんと、つまりね、ヴィクトリアはエスポーサ(妻)じゃなくて、アマンテ(愛人)なの。アマンテ、わかる?」「わかる。前、ルイス・ミゲルが教えてくれた」「そう、それよ〜」。「じゃあ、ヴィクトリアのダンナ、妻あった?」「違うわ〜、ヴィクトリアのダンナには妻が『いる』のよ」「じゃあ、今、ヴィクトリアのダンナ、シェラにいる?」「いると思うわよ〜」「ヴィクトリア、そう言わなかった」「ややこしいことだからね〜」過去形を習っているので、込み入った話もできるようになった。さすがにシルビアは先生だけあって、面倒になって原型で話すと口述添削してくれる。

そのヴィクトリアと今朝、女たちの問題をしゃべっていて話し込んでしまい、遅刻した。「食事もしないでお酒だけ飲んで酔っぱらい、殴る。蹴る。そんな男(グァテマラテコ)が多いのよ。だから、気をつけなくてはダメよ」「そしたら、女の人はどうするの?」「そんな男に引っかかったら、もうどうしようもないわよ」。彼女は事も無げに言う。

言うことを聞かない相手、どうにもならない事情、それらはグァテマラ人の友だちだ。思い通りにならないことなど、彼らにとって、ごく普通のことなのだ。だから、たとえ「こんなこと困ったのよ」と話したって相づちは「ブエノ〜(よかったわね)」だ。3回に1回は人を脅かすかウソ吐くかして「冗談(ブロマ)よ」がお約束だ。だから、あれほど「うちにいてハッピー?」と気にするヴィクトリアでも、「今日は出かけるからお昼はいらない」と断っても気にすることはない。

というわけで、今日はヴィクトリアの「さあ座って、さあ召し上がれ」から解放されて、ロンリープラネットもツーリストインフォメーションのメルセデスもオススメのレストラン、ラス・カラスで、遠慮なくビールを飲みながら、牛肉を喰っている。ビッシビッシ叩いて伸ばしたアサーダじゃなくて、ステーキにしたんだけど、思いの外やわらかくてオイシイ。でも、「出かける」と言ったのはウソじゃない。そろそろ買い物をしてゆっくりしたかったから──パナハッチェルへ行く前に。

まず、本屋を何軒も回ってみたけど、結局、お目当ての『ポップ・ヴフ(Pup-Wuj)』は見つけられなかった。あったのは『ポポル・ヴフー(Popol-Vuh)』だけだ。そのうちの一軒には、「そんな本を探すのはちょっと難しいよ(諦めてこっちにしな)」とも言われた。

シェラはグァテマラ第二の都市だ。けれど大きな本屋がない*1。図書館にも行ってみたけど、古くて整理されていない本が、発掘されてない遺跡のような瓦礫の山になっていただけだ。もちろん棚はあるけど自由に読めない。読むだけで、貸し出し係を通さなくちゃならないのだ。国会図書館みたいに蔵書が多いからではなくて、本も本屋も読む人も少ないからだ。否、読める人。文字を読める人、そして本を読んで楽しむゆとりのある人が少ないからだ。マードレが祈ったように「グァテマラはこんなにも貧しい」。

ボランティア活動でインディヘナの子どもに算数を教えている生徒の一人は、子どもたちに教えるより、母親たちへの授業のほうがよっぽど簡単だと言った。「算数だったら、足し算引き算じゃなくて、1、2、3……の書き方・読み方からだし、スペイン語は文法じゃなくて、ABC……からだもの」。

日本と、あるいはほかの先進国の都市を単純に比べることはできないと思う。思うけれど、この状況で、ヴィクトリアに浮く目はあるだろうか? 彼女はコンピュータを習い、英語も習いたいという。それができたとして、果たして何か生活が変わるだろうか? 豊かになれるだろうか? たしかに、ホームステイの生徒からビールを巻き上げるくらいはできるだろう(それなら、今だってやってるけど)。でもそれがいっぱいいっぱいだ。残念ながら、毎日、新聞を読むようになるとか、文学に親しむようになるという変化は望めない。悲しいけれど、可愛いアレックスもあと20年もすれば、立派なDV男になるだろう。もし、ヴィクトリアに浮く目があるとしたら、新しい男ができることか。念のため、再度書くが、今、すでにヴィクトリアは自立して家族を養っている女だ。でも、彼女の欲する豊かさとは何か、彼女自身、わかっていない。

では、グァテマラ人が全員、物質的に豊かになることが望ましいだろうか? 日本みたいになることが幸せなんだろうか? apoにはそれがわからない。

考えているうちに夜になった。夜風は体によくないと父が言ったから、そろそろ窓を閉めなくちゃ。そう思いながら、まだ飲んでいて、まだ閉めていない。今夜は、冷たい夜風が恋しく、愛おしいから。

*1:シルビアや学生に人気がある、比較的品揃えが豊富なのはソナ3にあるフリーダ・カーロ。カフェと本屋がいっしょになってる。ソナ1では郵便局の向かいのヴリサ(Vrisa)をほかの先生から勧められた。英語の本とかも置いてある。本屋は少ないけど、ネットカフェは至る所にあるし、たいがいのスペイン語学校ではコンピュータをただで使えるから、長期滞在するならAmazon.com:Books / Libros en españolから取り寄せるほうが早い