無抵抗に騙される

忘れた頃に行く飯田橋の不良沖縄人の飲み屋から「10月末で閉店します」とふだんの不真面目ぶりからは想像もつかないマジメなハガキが届いていたことを思い出したのが10月31日夜。うーん、今日はローマ×カリアリ戦が21:55からあるんだけどなあ、と思いながら消息不明になるのもどうかと考え直した30秒前。ちょっと待てよ？10月末で終わるなら、11月の家賃は払いたくないよね？ってことはもういないかも？と思いとりあえず電話確認。

「もしもし○ちゃん？」
「あ、違いますけど、かわります」いーよ、かわんなくても、つーか、おまえムロイだろ？　アタクシよ、アタクシ。誰かいるってわかればいーんだからさ。
「ハイハイ、どなたですか？」
「apoですけど、まだ営業してるの？」
「してないけど、ヒマなら手伝いにこない？」
「何を？」
「酒、飲むの」
うそだろー。アタクシは騙されやすい女なんだよ。しかもわかっていながら、つい出かけていって、肉体労働にかりだされちゃうんだよ。でもノーと言えない日本人なんだよ、うっうっうっ。

思えば、母親以外の女から突然、顔を張られたのもこの店だ。それも初対面で。理由ですか？　アタクシはもう10年来のストレートロングなんだが、それが「男に媚びてるってカンジでムカついた」そうだ。彼女は当時、結婚したばかりでそれまでやってた伝統芸能の道を諦めざるを得なかった。たいていの人は手放したあとに手放したものの貴重さに気づくのだが、この女もご多分に漏れず、激しく情緒不安定になり、それまで長かった髪をバッサリ切ったそうだ。そんな錯乱の中で、心の安定を求めて飲みに来たてみたら、なんだか店主と「デキてそう」な髪の長い女がいて目障りだ、と。でパチーンと。基本的にアンタ大勘違いしてますよ？　話せばわかるんだけど、テロだし。それでも「まあ、これもネタだ、ネタ」と思い直し、アタクシは平和維持活動につとめ、その女の身の上話を聞きながら飲んだわけだ。朝日の中で握手して、さわやか〜にお別れするまで。

話が佳境の午前３時半、「じゃ、オレ帰るから。店、閉めといてね」と店主はふつーに消えてった。アタクシは冷静に考えていた。

「彼女の癒し係は、オマエがだろーがっ！」

そういう店である。「店、閉めといて」も断れないのに「手伝って」が断れるハズもない。そりゃ、ムダな抵抗というものだ。そこでとりあえず、姑息に時短を目論んではみたものの「何時までやってるの？」「そんなに遅くまでやってないよ」「じゃあ、これから行く」←この「じゃあ」がどこからのどこへの接続詞なんだかわかんない。

着いたら、それまで壁中に張られたオネーチャンのポスターとかタイガースの優勝記念グッズとかはがされてヤニだけが染みついた壁がムキダシになってる。まあ、ヤニだらけだった等身大の斉藤由貴ちゃん＠「卒業」のポップは、ずいぶんキレイになりましたね。で、テーブルの上には、撮り溜められたビデオテープとか、民芸品とか、パソコンとかチューナーとか、店主が「これは雑巾ではない」と言い張るタオルとか、歴史的ガラクタ(一部高価)とかが大量に積まれていて、アタクシは諦めながら「で、何すればいいわけ？」と聞いてみた。

「じゃあ、サッポロビールな」

ホントにそういう需要だったのか。(ひと安心)
電話に出たムロイが「今、そこ開けるからさ」といそいそと働いてるので「あ、いーよ、ここで」と比較的衛生状態がよろしいと思われるところにゴキブリの死骸を下におっことして、座ってみる。まーあれだけいろんなものをハズしたら、そういう屍の一つや二つ、出てきて当然であろう。
しかし、あのときの女に言ってやりたい。アタクシのことを疑うくらいなら、ムロイとの仲を疑えよ。ムロイ(♂)さんは、毎晩７時にモーニングコールしてあげて店主を起こし、店主が来るまでに店をオープンさせておくボランティアスタッフだ。ちなみにゲイでも、ひきこもりではない。ちゃんとした会社にお勤めのサラリーマン、独身だ。この店は、歴代のこういうスタッフに支えられてきた。

とはいえ、今夜の店主は今まで見たことがないくらい働いている。カンドー的でさえあるくらいだ。働きながら、西武警察スペシャルを録画している。これがここでの店主の最後の仕事になるだろう。仕事とは、もちろん録画のほうだが。

「ふーん。ここって、いつまでいられるの？」
「11月の半ばくらいじゃない」
「かたづくの？」
「聞くな」
「この調子だと、新しいとこに移転できるのって、やっぱり来年？」
「そんなにかかってたら、○ちゃんが干上がっちゃうわよ」
「おう、その間、オマエの男にしろ」
「いいけど、専業主夫してくれる？」
「○ちゃん、洗濯はできるわよ」
「いや、アタクシのニーズは掃除。って、ダメじゃん。この惨状をみれば……」
「言うな」
「で、かたづくの？」（以下、変型しつつループ×ビール６本分）

というわけで、おそらく11月中、おそくとも年内には山吹町でオープンする予定らしい。最寄りの駅は江戸川橋で、早大通りの２本手前を右に入って１ブロック先の鉄板焼き屋の２階らしい。お近くの物好きの方は、冷やかしに行ってみてください。都合があえば、アタクシが同伴します。